隷属なき道

おすすめ本

ほんのつい最近まで、ほとんどの人は貧しく飢えており、不潔で、不安で、愚かで、病を抱え、醜かったというのが世界の歴史の真実である。だがこの200年の間に全てが変わった。何十億もの人が突如として裕福になり、十分な栄養を得、清潔で、安全で、賢く、健康になり、場合によっては美しくなった。

「隷属なき道」第1章 過去最大の繁栄の中、最大の不幸に苦しむのは何故か? より抜粋

過去数百年で、私たちの生活は見違えるほど良くなってきたのですが、ここ最近では若者を中心にうつ病などの精神的な悩みが急増しています。

  • これほど豊かになった社会でなぜ私たちはうつに悩まされるのか?
  • どうすれば人生をより良く生きることができるのか?

これらの疑問に対して歴史を紐解きながら、なるほどと思わせる主張をしているのが、2022年現在、34歳という若さで「21世紀の資本」のトマ・ピケティに次ぐ欧州の新しい知性と謳われている、ルトガー・ブレグマンさんが2016年に書かれた「隷属なき道 ーAIとの競争に勝つ ベーシックインカムと一日三時間労働」です。

タイトルが難しいですが、どちらかというと英語タイトルの「Utopia for Realists: How We Can Build the Ideal World」の方が内容にぴったり合っていると思いました。

つまり、現実主義者のためのユートピア(理想郷/楽園)ということになり、現代を生きる我々が人生をより良く生きるために必要なものについて議論しています。

そしてそれは、従来の経済成長とは別のものであり、実現の手段として、日本語タイトルにある「ベーシックインカム」と「労働時間の短縮」が取り上げられています。

スケールの大きい話も多いですが、自分の人生における大切なものを見つめ直す意味では、現在の生活に満足できていない人を中心に、万人におすすめできる一冊となっています。

過去最大の繁栄の中で苦しむ

ベーシックインカムや労働時間の話に入る前に

  • 現代が過去と比べてどのような状況にあるのか
  • 現代の問題点は何なのか

といった部分を押さえていきたいと思います。

現代は中世のユートピア

まずは過去200年の間に、人々の寿命や収入といった生活のあらゆる面が見違えるほど良くなったということを象徴している引用として、中世の人々が思い描いた「コケイン」というユートピアが紹介されています。

人々が思い描く理想郷の中でも、乳と蜜の流れる土地「コケイン」の豊かさは際立っている。 そこへ辿りつくには、五キロメートルにわたって続くプディングの道を食べ尽くさなければならない。だが、そうするだけの甲斐はある。コケインにはワインの川が流れ、頭上を鴨のローストが飛び、木にはパンケーキが実り、焼きたてのパイやペストリーが空から降ってくるのだ。農夫も職人も聖職者も、みな平等で、陽光の降り注ぐなか、一緒にくつろいでいる。「コケイン」、すなわち「豊饒の地」では、人々が言い争うことはない。代わりに彼らは、パーティーを開き、ダンスをし、酒を飲み、相手かまわず一緒に寝る。

「隷属なき道」第1章 過去最大の繁栄の中、最大の不幸に苦しむのは何故か? より抜粋

こう見ると、中世が思い描いたユートピアを現代は実現していると言えるのではないでしょうか。

ファーストフードはいつでも食べることができ、何なら家まで配達してもらうこともできます。世界的に今日では、空腹に悩む人より、肥満に悩む人の方が多いくらいです。

自由に誰とでも恋愛でき、働かなくても収入を得る仕組みも存在し、美容整形で若さを保つこともできます(言い争いはまだありますが、、)。

また、西ヨーロッパにおける殺人発生率は、平均で中世のおよそ40分の1に下がったと言います。

現代を生きる人に必要なもの

「過去200年で人々の生活は見違えるほど良くなった」

これは紛れもない事実ですが、一方でその豊かな生活が問題を生み出していると著者は指摘しています。

それは今より良い暮らしを簡単には思い描けないことです。

食べ物がなくて苦しんでいれば、いつでもお腹いっぱいご飯が食べられるユートピアを、身分や家柄による制限に苦しんでいれば、公平に職についたり恋愛することができるユートピアを思い描けます。

しかし現代では生活の基礎と言えるようなものは概ね満ち足りており、今日重要とされているのは「自分らしく」あることを実感できるように目標を達成することであると著者は述べています。

例えば、政治において争われるのは理想ではなく政治家のキャリア。大学の研究においても、誰もが書くことに追われて読むことができず、論文発表に追われて討論ができない。

重要なのは目標達成することで、経済成長であれ、視聴率であれ、論文であれ、質より量が優先されるようになってきたということです。

そして、自分らしくと言いつつ私たちの価値観は、企業が溢れんばかりの広告(酒を飲め、騒げ、金を借りろ、欲しいものを買え、人を陥れろ、圧力をかけろ、詐欺を働け)で押し売りする価値観に怪しい程よく似ていると指摘されています。

その頃政府はと言うと、人々の不満の原因よりも、症状に重点を置くようになってきています。

私たちは病気になれば医者に行き、悲しくなればセラピストを訪れ、肥満になったら食事療法士の所へ行き、失業すればジョブコーチの元へ行く。こうしたサービスには莫大な費用がかかるが、大した成果は出ていない。例えばアメリカは世界で最も医療費のかかる国だが、平均寿命が短くなっている。
食品業界は塩と砂糖と脂肪たっぷりの安価な食品を提供し、すぐさま私たちを食事療法士の所へ送る。先端技術は多くの職業を奪い、私たちをジョブコーチの元へ送り込む。そして広告業界は、私たちをそそのかし、ただライバルにあっと言わせるためだけに、なけなしの金でいりもしないものを買わせるのだ。その結果私たちは、またセラピストの下で嘆くことになるのだろう。

「隷属なき道」第1章 過去最大の繁栄の中、最大の不幸に苦しむのは何故か? より抜粋

これらをまとめると、現代を「中世のユートピア」にした資本主義による経済発展は、満ち足りた現代でも猛威をふるい、必要ない需要を無理やり生み出すことで、人々が苦しんでいると言えそうです。

つまり、資本主義は中世のユートピアを事実もたらしましたが、資本主義だけではユートピアを維持できず、現代人には生活の質を上げる別の何かが必要と言うことになります。

その何かとは金銭、時間、課税を再分配することであり、ベーシックインカム(金銭)と労働時間の短縮(時間)はその具体的な方法であると著者は述べています。

ベーシックインカムに対する誤解

ではまずベーシックインカムについて見ていきたいと思います。

2020年に英首相ボリス・ジョンソンやローマ教皇によってベーシックインカムの導入に関する発言がなされ、日本でも経済学者の間で議論が盛り上がっています。

しかしベーシックインカムの歴史は古く、中世から似たような現金給付の営みは実験的に行われてきました。

ではなぜベーシックインカムの大規模な導入は、今なお実現していないのでしょうか?

フリーマネーは人を怠惰にする?

フリーマネーをもらった人は働くことをやめ怠けるのではないか?

これは誰もが一度は想像することではないでしょうか。

貧乏人はお金の使い方が下手だ、と言う見方は広く浸透していて、そもそもお金の使い方がうまければ、貧乏になるはずがないといった考え方は尤もらしく聞こえます。

彼らは新鮮な果物や本ではなく、ファーストフードやジュースにお金を使うに違いない、と私たちは推測するというわけです。

実際、政府の貧困者に対する支援は就労支援が中心であり、対象者は仕事への応募、職場復帰プログラムへの登録、強制的な「ボランティア」作業を求められると言います。

日本人には馴染みが薄いかもしれませんが、その背景には「働きたくないものは、食べてはならない」と言う聖書の教えもあるとのことです。

では実際、フリーマネーをもらった人は怠惰になるのでしょうか?

本書では、そうではないということを示す研究がいくつも示されており、ここでは一例を取り上げたいと思います。

2014年に世界銀行が行った、現金給付が誘惑品に与える影響について数的な証拠を示した19の研究、および誘惑品に給付を使ったと回答した回答者の数を調べた11の調査をレビューした研究によると、アフリカ、南アメリカ、アジアで調査された全事例の82%で、アルコールとタバコの消費量は減少したことが明らかになりました。

つまり、貧困者に必要なものを理解しているのは、支援者ではなく貧困者自身であると言えそうです。

過去の報告書の捏造

ではなぜ、フリーマネーをもらうと人は怠惰になるといったイメージがついているのでしょうか?

その原因の一つとして、本書では18世紀末のスピーナムランド制度というものが紹介されています。

スピーナムランド制度とは、ナポレオンの侵攻や凶作によって大衆の不満が爆発しそうになっていたイギリス南部のスピーナムランド村で、1795〜1834年の間に行われた現金給付です。

「勤勉ながら貧しい男性とその家族」が最低限の生活ができる水準まで収入を補填されることとなりました。

スピーナムランド制度はイギリス南部全体に広まったものの、1832年の春に当時の王立委員会によって行われたスピーナムランド制度の影響についての大規模調査をまとめた報告書では、本制度は大失敗だったと結論づけられました。

スピーナムランド制度は、人口の激増や賃金カットや不道徳な行為を招いたと記述されたとのことです。

この報告書は、後世に大きな影響力を与えました。

かの有名なカール・マルクスの「資本論」にすら引用され、世論を得ています。

しかし驚くべきことに、1970年ごろに行われた報告書の見直しによって、その9割は捏造であり、残りの1割もフリーマネーの受給者ではなく、金持ちに対するアンケートであり、完全な紛い物であることが明らかとなりました。

実際にはスピーナムランド制度は景気拡大をもたらした成功例だったのですが、この報告書によってベーシックインカムは歴史の失敗といった認識が根付いてしまいました。

ポイント Point
私たちは、フリーマネーは人を怠惰にするといった偏見を拭い去り、実際にはフリーマネーが犯罪、小児死亡率、栄養失調、10代の妊娠、無断欠席の減少につながり、学校成績の向上、男女平等の改善をもたらすという、現代の研究結果を真摯に受け止めなくてはならない。

労働時間を削減できないのはなぜ?

次に労働時間について見ていきたいと思います。

今では標準となっている週5日労働ですが、これが初めて導入されたのは1926年のことです。

労働時間削減の歴史

これを導入したのはT型フォードの生みの親である、ヘンリー・フォードであり、当時は週5日労働は少なすぎるとしてクレイジーだと非難されていたそうです。

しかし、次第にフォードの週5日労働は浸透していき、労働時間減少のトレンドが大きくなり始めました。

フォードは労働時間を短くすることで、従業員の生産性が上がることに先んじて気づいていたということです。

1960年ごろには週の労働時間はわずか14時間になり、少なくとも年に7週間は休めるようになるといった予想が、アメリカの上院委員会でなされるほどでした。

実際1980年代までは、各国の労働時間は減少していました。

私たちの労働時間が減らないのはなぜか

ではなぜ現代を生きる我々は、週に14時間をはるかに上回る労働をしているのでしょうか?

その答えの一つとして、経済成長がさらなる「消費」を生み出したことが指摘されています。

1850年から1980年までに、私たちが手に入れたのは「余暇」と「消費」でしたが、1980年代以降増えたのは主に「消費」だったと言います。

収入が増えず格差が広がっても、時には借金を用いてまで消費の流行が続いているのが現状です。

つまり、余暇が増えるのは良いけれど余暇にはお金がかかる。より働かなければ生活レベルが格段に下がるので労働時間を減らすことはできないと言い換えることができます。

労働時間を減らすために

本書では労働時間を減らすためのアプローチとして、政策として労働時間の減少を復活させること、退職制度を柔軟にすること、父親の育休制度を整えることなどが紹介されています。

そんなスケールの大きなこと個人ではどうしようもないと思われるかもしれません。

実際私もそう思ったので、ここに関しては以前紹介した「なぜ日本の職場は世界一ギスギスしているのか」で述べているように、個人的なアクションに落とし込む必要があるのかなと感じました。

おわりに

ベーシックインカムの導入についてはスケールが大きく、自分自身まだ飲み込めていない部分もありますが、過去の実績が捏造されていたがゆえに、世間が間違ったイメージを持っている可能性があるというのは衝撃的な内容でした。

エビデンスを示せと言われがちな昨今ですが、そのエビデンスとなる研究や調査が本当に正しいかなんて、そう毎回確認できないので困ってしまいますが、読書を通じて世の中で共通認識とされていることを疑いの目でみる機会を得ることは、重要だなと改めて思いました。

本書の後半に議論されている労働時間の削減も然りで、日本語版のサブタイトルにあるように、一日三時間まで労働時間を減らしたいかと聞かれると、個人的にはそうではないのですが、自分が欲しいものは、広告によって必要以上に煽られていないかといったことには注意していく必要があるなと感じます。

そうすれば、自分がいくら稼げば人生に満足なのか、何にお金を割けば生活の質が上がるのか、そのためにはどのくらい働けばいいのかということが明白になってきそうです。

本書は過去の膨大な量の研究や調査を引用した、読み応えのある一冊となっています。興味をお持ちの方は是非ご一読ください!

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