貝に続く場所にて

おすすめ本

コロナ禍が人々を苦しめている2020年。舞台はドイツの学術都市であるゲッティンゲン。

東北大学で修士課程を修了後、ゲッティンゲンで博士課程の論文執筆を行う私の元に、震災で行方不明になったはずの友人・野宮が現れる。

9年野宮との邂逅を果たすものの、彼と上手く向き合えずにいた私は、ゲッティンゲンでの友人との交流を通じて、街に起こる不思議な現象に巻き込まれていく。

不思議な現象に翻弄されつつも、それぞれが自分の過去と向き合う中、私は野宮と再び向き合うことができるのか。

震災から9年後、私の語り

この本は、デビュー作にして2021年上半期に第165回芥川賞を受賞した一冊です。

著者の石沢麻依さんは、宮城県仙台市出身で、大学院の修士課程まで東北大学で過ごしたのち、現在はドイツのハイデルベルク大学の博士課程としてルネサンス美術を専攻しています。

本書はノンフィクションではないものの、著者の生い立ちが色濃く反映されており、物語の舞台もドイツとなっています。

そんな本著のメインテーマは「東日本大震災」です。

2022年3月11日で、震災から11年が経過しました。復興の灯が風化してしまわないようにと、11日には全国で弔意の表明が行われたとのことです。

また2022年3月16日には、宮城県と福島県で震度6強の揺れを観測する地震が発生し、ニュースを見て東日本大震災のことを思い出す人も多かったのではないでしょうか。

<地震【詳報】宮城・福島で震度6強|https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220317/k10013536631000.html

2021年3月の情報ですが、警察庁の発表では死者は1万5899人、行方不明者は2526人とされています。

今回焦点が当たっているのはこの「行方不明者」です。

本書は、語り手である「私」が震災で行方不明となった野宮と9年ぶりに再開するところから始まります。

9年という歳月の長さと、”震災で犠牲となった野宮”と”なっていない私”という2つの差に戸惑いを覚えつつ、ドイツはゲッティンゲンでの数週間の生活が描かれてゆきます。

本書の特徴

具体的な内容というわけではないのですが、本書は以下のような理由から読むのが難しいというレビューもあるようです。

異なる時間軸の出来事と精神世界の出来事が、今、この場所として描かれている

現実の今だけでなく、震災の起こった9年前の出来事や100年前の出来事などが同じ空間に描かれています。

また、登場人物の想像上のものが、現実の空間に具現化しているものとして描かれていることも情景をイメージすることを難しくしています。

ただこれは他の小説家の方がコメントしているように、著者独自の手法として挑戦的な取り組みをしている部分であるため、従来のような描かれ方じゃなくて分かりにくいからダメだと言った話ではないのかなと感じました。

この後の見どころのところでも表れていますが、こういった書き方でなければ表現できないようなメッセージがあるのかなと思います。

表現が詩的である部分が多い

具体的で明快な表現ではなく、抽象的で現実離れした表現が多く、上術した異なる時間軸の出来事や、精神世界の出来事が同時に描かれていることと相まって、情景を想像するのが難しくなっています。

これに関しても良い悪いというよりは好みの問題だと思うので、事前に知っておくことで読み始めてからのミスマッチを防げるのかなと思います。

本書の見どころ

野宮と連絡が取れないということが、助手や教授の口に焦りと共に上り始めた頃、私たちの言葉もまた静かに減ってゆくのだった。 さざ波ひとつない沈黙が声を呑み込む。石巻の被害状況が口から口へと伝えられてゆき、沿岸部や隣県、原発避難指示区域と俯瞰的に情報を配置するのではなく、野宮のいた場所に視点が集約されることになった。 そして、密やかに新聞やインターネットで、避難者の名簿と同時に死者の名前にも目を通すようになった。特に、死者の名前と向き合うのは、ひとりの時に限られた。誰もがそれを見るのを恐れ、そしてそれを確認することに後ろめたさがあった。野宮の無事を信じる眼差しは、二人以上が集まる際には共有されるが、ひとりになるとそれは取り去られ、死や行方不明という言葉をなぞっていた。私たちはすでに絶望を迎えるための準備に入るしかなかったのだ。(中略) そのまま三月は終わり、そして残酷な季節である四月がやって来ると、誰もが野宮が海に消されたことを受け入れていった。

本書の見どころとして、被災者であるものの犠牲者とはならなかった語り手の私が、震災の行方不明者(=犠牲者)である野宮に対して思いを巡らせる構図になっているという点があります。

この対比は下記のような形などで本著で繰り返し表現されており、本書が伝えたいメッセージのひとつとなっています。

仙台東部道路を挟んだ土地の写真を見た時、私の目の中にこの二面の顔が重ね合わせられた。海にのみ込まれた場所と、津波が届くことのなかった場所、この二つは時間が経っても完全に戻ることはない。仮に建物や街が元通りに再建されたとしても、その下には二つに分け隔てられた顔が残り続けるのだ。私があの日以来、目にしてきたのは顔の半面に過ぎず、もう半面の側からの声を持たなかった。その半面には、沿岸部の街のみならず、 原発による避難指示区域も含まれる。 この顔の二面性が、場所の記憶を形作る。私は自分のいなかった半面について、どれほどの記憶を持つことができるのだろう。 匿名の報告や写真、映像にこめられた眼差しを表面的になぞっても、それは記憶ではなく印象を作り上げることしかできない。

「私と野宮」の「被災者と被害者」という対比に加えて、「被災者とその他の人々」という対比も本書では意識されているのかなと下記のフレーズから感じました。

野宮が見つからないまま、時間だけは過ぎていった。 私が訪ねた場所を歩いた足も、景色を映した眼も、潮の香りを捉えた鼻も、感覚的な記憶として留まらず、遠い物語的な記憶へと変容してゆく。その忘却の背後で、還れない人は 死者以外にも多くいる。津波で全てを失った人、原発による避難区域に指定され、全てを置き去りにした人。還ることができないという事態は、海や原発から離れた場所で少しずつ忘れ去られてゆく。海に消された人々を、そこに繋がるものを今も探し続ける人たちの静かな姿と、それはあまりにも大きな隔たりがあった。

著者が、被災者とその他の人々をどこまで意識的に区別していたかは分かりませんが、一貫して言えるのは、実際の被害者とそうでない人たちの間には大きな隔たりがあるということ。

だからと言って、そうでない側の私たちが何も考えなくていいわけではなく、その大きな隔たりを重ねて埋めていくことが必要ということなのかなと思わされました。

おわりに

個人的な話になってしまいますが、私も2015年ごろから著者と同じ東北大学で6年間を過ごした経験があります。時系列的に震災後であり、当時はまさに復興が行われている時期でした。

震災を東北の地で経験している地元の友人と会話をする際の、本書で書かれているような被災者とそうではない人の間にある「大きな隔たり」というのは、私個人としても体験してきたことであり、故に本書はとても身に染みる想いでした。

11年という歳月が流れ、いざ東北の地から離れると震災にまつわる記憶はどうしても風化してしまいがちでしたが、どれだけ時間が経過しても忘れてはいけないこと、忘れたくないことは何かを本書が思い出させてくれたのかなと思います。

第165回芥川賞受賞作。是非みなさんも一度読んでみてください!

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