ハーバードの個性学入門 平均思考は捨てなさい

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 皆さんは、自分の健康や生活スタイル、キャリアが平均から大きく外れていると知ったとき、不安を感じたことはないでしょうか。もしお子さんが居るなら、子供の発達が平均値から外れていたとしたら少なからず動揺してしまうのではないでしょうか。

 ここまで顕著ではなくとも、仕事での成功を判断するために、自分の給与を平均給与と比べたり、学業での成功を判断するために、自分のGPA(学業平均値)をGPAの全体平均と比較したり、結婚するには遅すぎるか早すぎるかを判断するために、自分の年齢を平均結婚年齢と比較した経験がある人は多いと思います。

 現在の世の中には「平均主義」が根付いており、そのことが我々から大切なものを奪っている。平均ではなく個性を尊重することが、誰もが思い通りの人生を生きる上では不可欠である。このことを教えてくれるのが、ハーバード教育大学院で個性学を研究しているトッド・ローズさんが書かれた「ハーバードの個性学入門 平均思考は捨てなさい(原題:「THE END OF AVERAGE -How We Succeed in a World That Values Sameness」)」です。

 著者は、個性の重要性について「個性学をもとに平均主義から脱却すれば、誰もが自分の好きな形で最高の自分を実現し、思い通りの卓越した人生を送るようになれる」と述べています。

 このように聞くと逆に胡散臭さも感じてしまいますが、本書は科学的な根拠が豊富に示されており、構造も非常に体系的で説得力のある一冊となっています。

 以上のような思いを抱いたことのある方には、とてもお勧めできる内容になっていると思います。具体的には、個性学の考え方を学ぶことで次のようなメリットがあります。

 やや抽象的ですが、生活のあらゆる場面に応用できるメリットかと思います。今回はこれらのメリットをもたらす「個性学の3つの原理」に加えて、本書の構成に沿って、「平均主義の歴史」や「実生活への応用方法」をご紹介していきたいと思います。

1. 平均主義が定着した歴史

1.1 平均の発明

 科学者や学校や会社が「平均的な人間」という誤った概念を歓迎するようになったのは、19世紀初頭におけるベルギーの数学者アドルフ・ケトレーの活躍があると言います。

 ケトレーは、

① 革命による社会的行動の研究の需要増加
② 国家が初めてビッグデータを持つようになった

という時代背景のもと、天体の速度の測定で用いていた「平均法」を人間に応用しました。ケトレーは平均的な人間こそ理想像であると考えていました。

 ケトレーの平均人の考え方は広く普及し、平均は正常で、個人が間違っているとう図式が定着しました。空軍では平均的なパイロットを対象にしたコックピットが設計され、病院のインストラクターは平均的な脳のマップを解釈する方法を指導したといった具合です。

 今日では平均的な人間を完璧とは考えず、そのかわり、集団の原型の象徴、すなわちタイプとみなします。「神経過敏なタイプ」「うるさい上司」「リーダータイプ」など、各集団のタイプです。さらに平均的構成員の特質を理解すれば、それに該当する個人がどんな人間か予測する上で役立つと考えられています。

1.2 有能者と低能者という考え方

 ケトレーの「平均人こそが理想の姿である」という考え方が、今日に定着していないのには、ケトレーの弟子であるフランシス・ゴルトンが影響しています。ゴルトンはケトレーの平均の考え方に概ね賛同していましたが、一点異なる考え方を持っていたそうです。

 現代生活では平均人に関するケトレーのタイプ分けのアイデアも、上記のようなランク付けに関するゴルトンのアイデアもどちらも共有されていますが、とりわけゴルトンの考え方の影響が大きいです。

 私たちは誰もが、できる限り平均より高く評価されたいと言うプレッシャーを感じているのではないでしょうか。「ほとんどの場合、具体的に何に関して平均以上になりたいのかさえ考えませんが、とにかく平均以上を目指して努力する。なぜなら他人から凡人とか厄介者、すなわち平均以下と見られないようにしなければ、平均の時代において成功は達成できないからである」と著者は主張しています。

1.3 平均主義は悪いことか?

 ケトレーやゴルトンの平均主義の考え方について著者は、災難だと考えているわけではないと述べています。「むしろ、社会が平均主義を採用した結果、企業は反映し、消費者は手ごろな製品を確保できるようになった。平均主義は社会全体で賃金を押し上げ、多くの人々を貧困から脱却させた。その功績は、過去一世紀のいかなる経済開発計画よりも優れている。」と平均主義の優れた点について認めています。では平均主義の問題点はどこにあるのでしょうか。

 まず1つ目は個人を対象にしたデザインにおいて役に立たないという点です。本著では次のようなアメリカの飛行機事故に関する例が紹介されています。

 もう1つは私たちの人生を縛り付けてしまう危険性がある点です。

 現代社会では、企業も学校も政治家も個人の重要性を強く訴えています。しかし実際には、個人よりも制度が常に重要だと言う前提のもとで何もかもが設定されているのが現実です。

 会社で働きながら、自分が機械の歯車の1つであるかのように感じるサラリーマンや、 テストの結果や成績を見て、夢は実現しそうにないと絶望感を抱く学生は多いのではないでしょうか。職場でも学校でも、物事を進める際には正しい方法が1つだけ存在するものだと教えられ、別の進路を取ろうとすれば、それは見当違いで考えが甘く、間違っていると指摘されることもあります。平均主義の元では、突出することよりも、制度に従うことの方が優先されるケースはあまりにも多く、それが私たちの人生を縛り付けていると著者は指摘しています。

1.4 個性学とは

 以上の平均主義の問題点を踏まえて、著者が提唱しているのが「個性学」の重要性です。個性学は、個人を理解する際に平均を主要なツールとはみなさず、個性に正しく着目してこそ理解は得られると言う立場をとっています。

 個性学は、人々が人工的な基準に、自分を無理矢理当てはめる必要がなく、生来の資質を尊重しながら学習して能力を高め、機会を追求できるようになる社会をもたらしてくれると言います。

2. 個性学の3つの原理

 ここでは個性学を構成する、個性に関する三つの原理をご紹介します。

 これらの原理は、あなたの才能が何かを理解するためだけではなく、個性を十分に発揮しながら人生で優位に立つための方法も教えてくれると言います。では順に見ていきましょう。

2.1 バラツキの原理

 体の大きさ、知性、性格など、複雑な人間的特性について考えるとき、私たちは1次元的な思考に頼る傾向を持っていることが明らかにされています。 あの人は大きいと聞かされたら、腕も足も体も、何もかも大きな人物を想像してしまうといったようなことです。

 しかし、実際には人間の特性には相関関係がなく、バラツキが存在します。これが「バラツキの原理」です。

 1章で紹介したアメリカの飛行機事故における追跡調査では、人間の体のサイズにはバラツキがあるということが改めて明らかにされました。1972年にアメリカ海軍が行った本調査では、海軍パイロットの体の96の部位に関して相関関係を割り出したところ、相関係数が0.7以上の高い数値になったケースは数えるほどで、多くは0.8を下回るという結果が得られました。つまり、誰かの身長や首周りやグリップ幅の数字から、残りの部位の状態を正確に把握できる可能性は小さいということです。

 またバラツキの原理は身体的特性についてだけではなく、知性にも当てはまります。

 例えば、今日でさえ、科学者、医師、ビジネス関係者、教育関係者たちはIQと言う一面だけに頼って知性を評価しようとする傾向があります。 ですが次に示すような、同じIQ値の2人に関して、どちらが賢いと言えるでしょうか。これはウェクスラー成人知能調査(WAIS)という知能テストによって得られた同じIQの2人の各要素の結果を示したものです。

 単に同じIQといっても、その構成要素に着目すると得手不得手に大きなバラツキがあることが分かります。このような状況ではIQだけを見て、どちらか一方が賢いと判断することはできません。

2.2 コンテクスト(文脈)の原理

 次に、私たちの行動を決定する要素は何かについて考えてみたいと思います。これには、次に示す2つの考え方が台頭しています。

特性心理学者
私たちの行動は内向的・外向的など、明確に定められた人格的特性によって決定される。

状況心理学者
私たちの行動は文化や身近な状況によって決定される。例えば暴力的な映画を見ると、生来の傾向にかかわらず誰でも攻撃的になりやすい。

 従来では、特定の個人の行動について「平均的に」うまく予測できたのは、特性論者の方であるとされています。しかし、集団の平均的な行動を予測するのではなく、個人の行動を予測するときには、この人格的特性(特性心理学)は役には立たないことが明らかにされています(人格特性で決定される行動は全体の9%のみ)。

 では個人の行動を予測するときには、何に着目すべきなのでしょうか。その答えが2つ目の原理であるコンテクストの原理です。

 コンテクストの原理は、「個人の行動はコンテクスト、すなわち特別な状況に左右されるもので、コンテクストから切り離して説明することも予測することもできない」という考え方です。このように言うと、状況心理学が大きな役割を果たしているんじゃないかと思えてしまいますが、コンテクストが及ぼす影響は、当事者がどんな特性の持ち主かによって異なってくると言います。つまり、行動は特性だけ状況だけで決まるわけではなく、両者の相互作用によって生まれると言うことです。

 もしあなたが、ジャックと言う名前の同僚について理解したければ、「ジャックは外交的だ」と言うだけでは充分ではないでしょう。 もしも・・・ジャックがオフィスにいる時ならば・・・非常に外交的であり、もしも・・・大勢の他人の中にいる時ならば・・・やや外交的で、もしも・・・ストレスを感じている時ならば・・・非常に内向的、と言うように条件と帰結のシグネチャー(特性)によって判断しなくてはならないと言うことです。

 次の図では、同程度攻撃的であると判断された2人に対して、条件と帰結のシグネチャーを考えてみたものです。

  この図の示すところは、他人と交流するときには、自分が目撃しているのはただ1つのコンテクストにおける一部に過ぎないと言う事実を忘れてはならないということです。

 同僚が厄介なのは、職場と言う特殊な環境のせいだと考えるようになれば、職場の外では忠実な友であり、世話好きな姉であり、姪にとって愛すべき叔母であり、いろいろな顔を持っている可能性に目が向くかもしれません。

 そうなると、特殊な状況に置かれたときの言動だけに基づいて、同僚の個性を決めつけてしまうのは難しくなると思います。(上の例で言えば、教師に攻撃的な一面を見ただけで、友達にも攻撃的な人だろうなと決めつけてしまうのはミスリードということになります)。コンテクストの原理が分かれば、相手に対する理解や尊敬が深まり、それがポジティブな人間関係の土台となることで、成功や幸せをつかむことができるということになります。

2.3 迂回路の原理

 最後は「迂回路の原理」です。平均主義に騙された私たちは、理想的な絶対解が存在すると思い込み、成長や学習や目標への到達には1つだけ正しい道が存在すると信じて疑わなくなっている、と著者は指摘しています。

 もしも自分の子供がハイハイを始めるのが正常な時期より遅かったり、元クラスメートが普通よりも早く昇進したりすれば、自分(そして子供)は取り残されているような気分を味わうといった経験は誰もが抱きうると思います。

 この誤認を克服したければ、人がどのような経路をたどって成長してるのかを、正確に理解しなければならないと著者は指摘しており、その方法が「迂回路の原理」を理解することです。

迂回路の原理とは、「人間の身体、精神、職業など、いかなるタイプの成長についても、たった1つの正常な経路など存在しない」という考え方です。そして迂回路の原理からは、2つの重要な指摘が示唆されると言います。

① いかなるゴールを目指そうとも、同じゴールにたどり着く道はいくつもあって、しかもどれも妥当な方法である
② 最適な経路は個性によって決定される

 ①に関して、アムステルダム自由大学のクラーティエ・フィンケルブルグの研究をご紹介します。ここでは科学者のキャリアについての調査が行われています。結論としては、成功への唯一のキャリアは確認されませんでした。

 また②に関して、ベンジャミン・ブルームの実験をご紹介します。ここでは、学校教育は成熟度の差を改善できるのか、それとも貧困などの学校の管轄外の要因が大きく関わっているのかを明らかにすることを背景に、教育のプロセスにおける調査がなされました。

 この実験を紹介した後に著者は、「あなたは本当に数学や科学が不得意だったのだろうか? もしかしたらそれは、授業の進め方があなたの学習ペースに合っていなかっただけかもしれない。」といったハッとさせられるような問いを投げかけてきます。そして現代では、オンライン教材により、「迂回路の原理」に乗っ取った教育が実践可能になってきていると期待を込めています。

3. 個性学を自分の人生に適用する

 最後にまとめとして、個性学の3つの原理を実生活に適用する具体例を提示したいと思います。本著では著者自身の人生経験がベースに書かれていました。

 初めて見たときは目を疑いましたが、著者は

 成績不振により高校を中退

→ 10種ものを最低賃金労働に就き、怠け者で愚か者などと言われたドン底時代

→ 大学の夜間クラスに学び、ハーバード教育大学院で博士号を取得

→ 世界的な研究者となる

という何ともドラマティックな経歴の持ち主です。

 人生の転機となった、大学での成功をもたらした決断からは、「バラツキの原理」と「コンテクストの原理」と「迂回路の原理」が、最終的に全て同時に作用することが分かると述べておられます。

 自分にとって正しい道を選ぶためには、(例えばどんな順番で講義を受けるか決めるためには)自分の能力にはどのようなバラツキがあるのかを理解しなければならない(退屈な話には我慢できないが、興味のある事柄には驚異的な集中力を発揮するなど。)
 次に自分が能力を発揮できるコンテクスト(高校の同級生がいるクラスは避け、議論やアイデアに集中するクラスを選ぶ)についても理解しなければならない。
 自分のプロファイルにどのようなバラツキがあるか、そして自分にはどんな条件と帰結のシグネチャーが当てはまり、どんなコンテクストなら能力を発揮できるかわかったので、私は自分に最もふさわしいユニークな経路を選ぶことができたのである。

 進路選択や職業選択などをする際に、「自分がやりたいことは何か」や「将来有利な職業は何か」といった観点に目が行きがちですが、自分の個性を正しく理解して、ゴールへの道はひとつではないと知っていることが、より豊かで満足のいく人生をもたらしてくれるのかもしれません。

感想

 この本は、何か別の本を読んだときの参考文献にあったのがきっかけで手に取ったのですが、現代社会に平均主義が蔓延しているなんて考えた事もありませんでした。でも改めて考えてみると、会社や学校の至る所で平均が示され、自分がその平均と比べてどこに位置しているのかということにばかり目がいってしまっていることを実感しました。

 個人に印象深かったのは「コンテクストの原理」です。私自身、在宅勤務が多いのですが、テレワークで他者との交流が減少している中では、たった一回きりの交流で、「あの人は冷たいタイプの人なのかな」とか「いつもイライラしているのかな」といった決めつけをしてしまっていたなと反省しました。「コンテクストの原理」を知っていれば、その人の違った一面にも思いを馳せることができ、自身の気持ちにも余裕が生まれて、人間関係の構築で非常に有益だと勉強になりました。

 本著では他にも個性学を適用した企業や教育制度の例、各種原理を裏付けるたくさんの研究が紹介されています。ご興味をお持ちいただけましたら是非ご一読ください!

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