Humankind 希望の歴史・上

おすすめ本

以前、ベーシックインカムと労働時間の短縮をテーマにした、オランダの歴史家ルトガー・ブレグマンさんの「隷属なき道」を紹介しました。

「隷属なき道」の見どころとして、過去の報告書の捏造を暴き、それによって人々が間違った偏見を抱いていたことを明らかにしたことが挙げられます。

今回はその見どころが溢れんばかりに表れてる、ルトガー・ブレグマンさんの最新作「Humankind 希望の歴史・上」をご紹介したいと思います。

本書はサブタイトルが「人類が善き未来をつくるための18章」となっており、上巻と下巻でそれぞれ9章ずつ議論が展開されています。

下巻まで読み終えた時点で文章を書いていますが、控えめに言って2021年と2022年に読んだどの本よりも面白かったです!

上述した見どころはもちろんのこと、自分自身の常識や人間観が覆される思いでした!

そんな本書のテーマは「人間の本質は善か悪か?」です。

この背景には、著者が前作でベーシックインカムの導入について支持した際に、「無料でお金をばら撒いても人々はろくな使い方をしない!」といった反対意見を非常に多く受けた出来事があるとのことです。

そのとき著者は「なぜ誰もが人間に対してそのような暗い見方をするのか?」ということが気になり、本書の執筆につながったといいます。

この本では、現代において多くの人々が人間の本質についてどのように考えているのか?

そしてどちらが正しいのか?ということについて科学的に考察しています。

今回はその一部を抜粋してまとめていきたいと思います。

性善説か性悪説か

「人間の本質が善か悪か?」の問いは「性善説」「性悪説」という名前で長く議論されています。

「性善説」とは、人間にはもともと善の心が備わっており、それを発展させれば正しい品性を身につけることができるという考えで、中国の思想家であった孟子(もうし)が唱え、中世の思想家ホッブズに支持されました。

「性悪説」とは、人間の本性は悪であり、たゆみない努力や修行によって善の状態に達することができるというもので、同じく中国の思想家であった荀子(じゅんし)が唱え、中世の思想家ルソーに支持されました。

まずは現代でどちらの説が支持されているか見ていきたいと思います。

世界価値観調査の結果

世間の人々がどのような考えを持っているかを知るために、社会科学者のネットワークが約100カ国で1980年代から行ってきた大規模な世論調査である「世界価値観調査」の結果を参照します。

「世界価値観調査」の中にある「一般的に言って、ほとんどの人は信頼できると思いますか。それとも、人と関わる際には細心の注意が必要だと思いますか」という質問の回答は次のようになりました。

ほぼすべての国で、ほとんどの人は、ほとんどの他人は信用できない、と考えていた。フランス、ドイツ、英国、米国などの堅牢な民主主義の国においてさえ、国民の大多数は、同じ国の人に対して否定的な見方をする。

「Humankind・上」 第1章 新しい現実主義 より引用

なんともどんよりしてしまう結果ですが、ではなぜ多くの人々、さらに言うと法律や規則、企業や団体が、人間は信頼できないことを前提としているのでしょうか。

なぜそうなっているのか?

多くの人々が人間に対して暗い見方をする原因として、著者は下記のような表現をしています。

ある薬が市場にでる。その薬は中毒性が高く、誰もがすぐ夢中になる。 科学者は調査して、その薬は「リスクの誤認、不安、気分の低下、無力感、他者に対する軽蔑と敵意、 感情の麻痺を引き起こす」という結論を下す。
この薬をわたしたちは使おうとするだろうか? 子どもたちが摂取するのを許すだろうか?答えはすべてイエスだ。なぜならその薬はすでに、現代の最大の依存症の一つを引き起こしているからだ。わたしたちが毎日摂取し、多額の助成金を受けて、子どもたちに大量に配られている薬。その薬とは、ニュースである。

「Humankind・上」 第1章 新しい現実主義 3.西洋思想を貫く暗い人間観 より引用

ニュースは教育上よいとされて育った人は多いのではないでしょうか?

個人的にも小さい頃は、朝に新聞を読んだり、夕方にニュースを見て世の中の状況を知るのは良いことだと教えられてきました。

しかし、科学者はそれとは異なる結論、「ニュースはメンタルヘルスに危険を及ぼす」と言った結論を、複数の研究で示しています。

ニュースがメンタルヘルスに及ぼす影響の研究は、1970年代に始まりました。

そこで明らかとなった現象は、マスメディアの暴力的なコンテンツに繰り返しさらされた人々は、世界を実際より危険だと信じ込んでしまうことです。

そして、冷笑的な考え方、人間不信、悲観的な見方をするようになり、次のような傾向が現れるといいます。

  • ほとんどの人は自分のことしか考えないといった意見に同意しやすい。
  • 個人としての人間は無力で、世界をより良くすることはできない、と考えがち。
  • ストレスが強く、落ち込むことも多い。

悲観的な見方に関して、2018年に出版され世界的な大ベストセラーとなった「FACTFULNESS」で、次のような調査が紹介されています。

ある調査で30か国の人に「全体的に見て、世界は良くなっているか、悪くなっているか、良くも悪くもなっていないか?」と言う質問をしました。

するとロシアからカナダ、メキシコに至るまで、どの国でも圧倒的多数が、世界は悪くなっていると回答しました。

ここで忘れては行けないのが、現実は正反対だと言うことです。

過去数十年の間に、極度の貧困、 戦争の犠牲者、小児死亡率、犯罪、飢饉、児童労働、自然災害による死、飛行機墜落事故はすべて、急激に減少しました。

では、なぜ私たちはかつてないほど豊かで、安全で、健全な時代に生きているのことに気づかないのでしょうか?

それは、ニュースになるのが例外的な出来事ばかりだからであるといいます。

テロ攻撃であれ、暴動や災害であれ、例外的であればあるほどニュースとしての価値は高まります。

確かに、極度の貧困の中で暮らす人の数が前日より14万人減少したというニュースや、レポーターが街路に立ち、「ここは特別な場所ではありませんが、ここでは今日も戦争は起きていません」という穏やかで平凡なニュースが視聴率を取れなさそうであると言うことは、皆さん納得なのではないでしょうか。

なぜ人は影響されやすいのか?

ではなぜ我々は、ニュースが伝える破滅や憂鬱さに影響されやすいのでしょうか?

その理由は理由は2つあるといいます。

❶ ネガティビティ・バイアス
私たちは良いことよりも悪いことのほうに敏感である

狩猟採集の時代に戻れば、クモやヘビを100回怖がったほうが、一回しか怖がらないより身のためになったため、生存戦略としてこのようなバイアスが人には備わっていると言うことです。

❷ アベイラビリティ・バイアス
手に入りやすい情報だけをもとに意思決定する傾向がある

私たちは、何らかの情報を思い出しやすいとそれはよく起きることだと思い込む傾向があります。

航空機事故、子どもの誘拐、斬首といった、記憶に残りやすい恐ろしい話を日々浴びせられていると、そのようなショッキングな事件が世の中には多発しているんだと無意識のうちに誤解してしまいます。

恐ろしいのは、このデジタル時代に私たちが聞かされるニュースがますます過激になっていくと言うことです。

FacebookやTwitterやGoogleは私たちのことをよく知っていて、何があなたを怖がらせ、驚かせ、クリックさせるかを膨大なデータをもとに算出し、極めて儲かるパーソナライズド広告を私たちに送ってきます。

性悪説を肯定する歴史に挑む

ここまで人々の多くが性悪説的な暗い見方をしていると言うこと、そしてその原因がニュースであることを見てきました。

では人々からの見え方は一旦置いておいて、事実として「性悪説」と「性善説」のどちらが正しいのでしょうか?

本書では「性悪説」を示すような、影響力のある歴史上のストーリーや研究結果を取り上げ、それって本当のところどうなのか?を判例を示しながら議論しており、その中から2つ引用します。

「蝿の王」vs「アタ島の実話」

まずは20世紀のベストセラー小説で、ノーベル文学賞も受賞しているウィリアム・ゴールディングさんが書かれた『蝿の王』についてです。

私はこの本読んだことなかったのですが、テーマとしては「人間の心の闇」で、無人島に漂流した少年たちの残虐さが描かれています。

超要約したあらすじは、無人島に漂流した少年グループが、リーダーを決めて救助を待ちながら島で生存していくサバイバルストーリーで、当初は仲良くやっていたものの、次第に仲間割れが始まり、ついには殺し合いにまで発展していく終末系の内容となっています。

数千万部売れ、30を超える言語に翻訳された本書を書いたウィリアム・ゴールディングは、ノーベル文学賞受賞時に「現実的な物語の芸術の明快さと多様性、神話の普遍性に満ちた小説によって、現代世界の人間が置かれた状況を照らし出した」とコメントされています。

ではこの物語は、実際に人間の本性を描いているのでしょうか?

著者のルトガー・ブレグマンさん自身、10代の頃にこの本を読んで、人間についての真実を告げられたように感じたと述べています。

一方で、何年も後に再読した際に『蝿の王』の著者ウィリアム・ゴールディングさんの人生が、アルコール依存症を抱え、抑うつ的で、子供の虐待とともにあったと言う不幸な事実を知り、実際に無人島に漂流した子供たちがどう行動するかに興味を持ったといいます。

研究の一環として、意図的に子供たちを無人島に置き去りにすると言うようなことは、20世紀であっても倫理的に行われていないため、偶然そのような状況が発生したかを調べる必要がありました。

ネット上でのソースが曖昧な記事を辿っていき、最終的にはタイプミスで迷い込んだ新聞のアーカイブの中に、著者は目当ての記事を発見したと言います。

その偶然の発見は、オーストラリア大陸の東の海に浮かぶ島国トンガ王国での1966年の事例でした。


1965年6月にトンガの首都に暮らす13〜16歳の6人の少年たちは、海での冒険に憧れ、ニュージーランド方面を目指して航海に出ることにしました。

しかし皆さんご想像の通り、航海はうまくいかず、嵐によって半壊した船は、奇跡的にトンガとニュージーランドの間にある「アタ島」と言う島に漂着しました。

救出されるまでの15ヶ月の間、彼らはアタ島で生存を果たしたのですが、そこでの生活は『蝿の王』で描かれたように、仲間割れが蔓延る悲観的なものだったのでしょうか?

驚くべきことに、後のインタビューで島での暮らしが平和でタフなものであったことが明らかとなります。

発見者が島に上陸した時、少年たちは小さなコミュニティを作っていた。そこには菜園と、雨水をためるためにくりぬいた木の幹と、変わったダンベルのあるジムと、バドミントンのコートと、鶏舎があり、いつも火がたかれていた。すべて古いナイフを使って手作業で作ったもので、強い決意の賜物だった。

「Humankind・上」 第2章 本当の「蝿の王」 より引用

少年たちは2チームに分かれて働くことにして、庭仕事、食事のしたく、見張りのための当番表を作りました。

時には喧嘩も起きたそうですが、喧嘩をした少年たちはそれぞれ島の反対側に行って怒りを鎮め、数時間後に、その他の少年が彼らを連れ戻し「オーケー、さあ、互いに謝れよ」と言って友情を保ったと言います。

さらに、私も信じがたかったのですが、彼らの1日は歌と祈りで始まり、歌と祈りで終わりました。

ひとりの少年は、流木と半分に割ったココナッツの殻と、ぼろぼろになった自分たちの船から取ってきた6本の鋼線を使って、ギターを作り、それを弾いて仲間を励ましたとのことです。

このように聞くと、島でのサバイバル生活が簡単だったのでは?と思えてしまいますが、そんなことはありませんでした。

夏の間はほとんど雨が降らず、のどが渇いて気がふれそうになった。島を離れようと、イカダを作ったこともあったが、波にもまれてばらばらになった 。島全体が激しい嵐に襲われ、大木が彼らの小屋の上に倒れてきたこともあった。
最悪だったのは、ある日、ひとりが崖から滑り落ち、足の骨を折ったことだ。他の少年たちは崖の下まで降りていって、彼を助け上げた。そして棒と葉で足を固定した。 「心配するなよ、きみがそこで横になっている間、ぼくたちがきみの仕事をするから!」

「Humankind・上」 第2章 本当の「蝿の王」 より引用

少年たちは1年と3ヶ月の時を経て、1966年9月11日の日曜日に救出されました。

健康状態はこれ以上ないほど良く、後に彼らの身体を調べた地元の医師は、少年たちの筋肉のついた身体と、骨折が完璧に治っている足を見て驚いたと言います。

一連の出来事から学べることは「本当の『蝿の王』は友情と誠実さの物語で、互いに支え合うことで人間は強くなれる」と言うことです。

『蝿の王』に限らず、昨今のサバイバル系のドキュメンタリー番組では、人は好き勝手させると、嘘をつき、相手を騙し、敵対すると言った姿が描かれることが多いですが、それはあくまで演出であると言うことです。

科学的にも、このようなタイプの娯楽を見ると、人はより攻撃的になりうることや、意地悪や嘘が人生の成功に必要だと考えがちになることが明らかになっています。

人間の考え方は、日常的にインプットするストーリーに影響を受けると言うことです。

「傍観者事件」vs「アムステルダムの救出劇」

次は現実と小説ではなく、現実に起こった2つの出来事を見ていきたいと思います。

まずは1964年にニューヨークで起こった殺人事件についてです。

当時28歳だったキティは、深夜に帰宅した際、自宅のアパート付近で暴漢に繰り返しナイフで襲われました。

問題となったのは、アパートに住んでいた37人の目撃者が、キティがナイフで刺され「助けて!死にそうなの!」と声をあげたにも関わらず、”ただ傍観した”と言う点です。

警察に通報があったのは、キティが最初に刺されてから31分後。警察は通報から2分以内に駆けつけましたが既に手遅れで、キティは独り死んでいったと報道されました。

この報道には世界中から非難の声が上がり、当時のソ連の新聞では「資本主義のジャングルにおけるモラルの欠如が顕在化した」と酷評され、自国アメリカの新聞も「冷淡で、臆病で、不道徳な人間」と批判しました。

そして「この事件は、人間性の恐ろしい現実を語っている」と世界に受け入れられていきました。

著者のルトガー・ブレグマンさん自身、何年もの間、このような傍観者の振る舞いが大都市の生活で避けられないものであると考えていたそうです。

しかし、自国オランダのある事件をきっかけに、その考えの見直しについて調査するようになったと言います。

その事件とは、アムステルダムの運河における救出劇です。


2016年2月、若い母親が運河のそばに車を停めました。車から降りて助手席に向かい、チャイルドシートから子供を降ろそうとすると、突然車が動き出し、ブレーキが間に合わないまま、母子と車は運河へと転落していきました。

この時、ニューヨークの事件と同様に、災難の現場を見下ろすアパートはいくつもあり、周囲に通行人も複数いました。

しかし実際に起こった出来事は、キティの事件とは対照的でした。

車が運河に落ちた瞬間、目撃していた4人の人々が、工具箱から金槌などを手に取り、運河に飛び込みました。

沈みゆく車の窓を協力して叩き割り、最初に子どもを、続いて母親を救出。母親を救出してから2秒と経たないうちに、車は運河の底へと沈んでいったと言います。

その時には大勢の人が運河の縁に集まり、母子と救出した4人を運河から引き上げ、タオルで体を温めたと言います。

この救出劇は2分弱の出来事であり、救出した4人に面識はありませんでした。

この心温まる出来事と、対照的なニューヨークの事件。

果たしてどちらが人間の本質を表していて、どちらが例外なのでしょうか?

20世紀までは、キティの事件のように、私たちは他人の危機に無関心な"傍観者"になりがちであると多くの人に信じられてきました。

そこに新たな考えが浮上したのは2011年、過去50年の研究を再精査したメタ分析の結果が発表された時です。

このメタ分析では下記の2つのことが示されました。

❶ 傍観者効果は確かに存在する
・時には、他の誰かにまかせた方が筋が通っていると思って介入しない。
・時には、間違った介入をして非難されることを恐れて、何もしようとしない。
・時には、誰も行動を起こしていないのを見て、まずいことは起きていないと思い込む。

❷ ある条件下ではの現象が起こる
・緊急事態が(誰かが溺れているとか、襲撃されているといった)命に関わるものであり、目撃者が互いと話せる状況にあれば、目撃者の数が増えると、救助の可能性は減るのではなく増える。

また2019年にデンマークの心理学者によって発表された論文では、ヨーロッパの都市で録画された1000件以上の乱闘や殺人未遂の監視カメラ映像を分析し、その90%のケースで目撃者は被害者を助けたと言うことが明らかとなりました。

ではキティの事件は単なる例外だったのでしょうか?

事件から10年後、事件現場近くに引っ越してきた歴史研究家による再調査によって明らかとなったのは、当時の報道が捏造されたものであったと言う事実です。

まず37人と言われていた目撃者ですが、事件当時は真冬の深夜帯で、周囲の暗さに加えて多くの人は窓を閉め切っており、キティの存在に気づくことはなく、実際の目撃者数はたったの2人だったと言います。

また31分と言われていた通報までの時間ですが、実際はキティが襲われた直後に2件の電話が警察にかけられました。

しかし警察はその通報を夫婦喧嘩と決めつけ、出動を躊躇い、結果現場に到着するのが大きく遅れました。

これらの事実は、事件後に報道陣には明らかとなりましたが、ジャーナリストは「無関心な傍観者」を報道した方が数字が取れると思い、事実が捻じ曲げられたと言います。

そして後日、事件現場に住む2人の近隣住民による通報によって、キティ殺人事件の犯人が逮捕されたと言う事実も報道されませんでした。

これらの一連の出来事は我々に以下の3つのことを教えてくれると著者は述べています。

・人間の本性についての私たちの見方が間違った方向に進みがちであること。
・ジャーナリストは、扇情的な話を売るために容易に世論を操ること。
・緊急事態において、いかに私たちは互いを頼りにできるかということ。

感想

本書は上巻なので、内容は下巻へと続いていくのですが、この時点で「人間の本性は善である」というに足る事実が示されてきたのかなと思います。

そのコンテンツもさる事ながら、「最初はこう思っていたけれど、〇〇を知って考えが変わった」と言ったように。著者自身の思考の過程がありのままに書かれている部分が多く、読んでいて面白かったです。

そして性善説が科学的に正しいとわかること以上に、過去の有名な研究が正しくないことが明らかになることも価値があるのかなと思いました。

その他多くの方が感想として述べているように、まさに自身の人間観を一新してくれる一冊です。

興味のお持ちの方は是非ご一読ください!

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