映画を早送りで観る人たち

おすすめ本

最近身の回りで、映画を2時間集中して観るのが苦痛という意見を耳にしました。

そういった意見は多数派なのか、2020年にiOS版のNetflixでも倍速視聴が可能になるなど、あらゆるメディアで倍速視聴が可能になっています。

そんな中、Amazonのランキングで1位になっているのを見かけ、タイトルに驚きを隠せず手に取った一冊が、今回ご紹介する「映画を早送りで観る人たち 〜ファスト映画・ネタバレ――コンテンツ消費の現在形」です。

この本めちゃくちゃ面白かったです!

映画の早送りが良いかどうかというよりは、どういった目的で早送りしているのかや、それを受けた作り手側のコメントなどが書かれています。

ボリュームも295ページと薄めなので一気読みしてしまいました!

なぜ早送りするのか?

まずはタイトルにあるように、なぜ映画を見るときに早送りや10秒スキップを使うのかについて見ていきます。筆者はこの原因が大きく分けて以下の3つであると述べています。

  • 映像作品の数が多すぎる
  • 早送りした方がタイムパフォーマンスが良い
  • セリフで全部説明してくれる作品が増えた

原因1:映像作品の数が多すぎる

ひとつ目は「観るべき映像作品が多すぎる!」というものです。

"観るべき"となっているのは、映像作品を観ることが友人間の話題についていくための必須事項となっている点です。

その映画やドラマについて全く知らないと、その話題になったときに会話の輪に入れなくなり、それを最近の学生は過度に嫌うと述べられています。

それに加えて昨今は、LINEやTwitter、Instagram、TikTokといった頻繁にチェックしなくてはならないSNSに溢れています。

このような友人関係を保つためのToDoの多さが原因となって、「とにかく結末だけでも把握して話題についていくこと」が優先されるようになったといいます。(ドラマなどでは途中の何話かを丸ごと飛ばしてしまうこともあるそうです、、)

このことは映像作品に対する私たちの向き合い方を「鑑賞」から「消費」に変えてしまったと言われており、まるでYoutubeのエンタメ動画を見ているかのように、映画やドラマを倍速で見たり、10秒スキップでみることが日常化しているということです。

原因2:早送りした方がタイムパフォーマンスが良い

ふたつ目はタムパ(タイムパフォーマンス)を優先したいというものです。

この考え方を本書では歴史を振り返って解説されており、以下に少し引用したいと思います。

「昔は、仮に自分が無個性・普通ではあっても、『クラスの大体の女の子が好き、クラスの大体の男の子が好き』なものがあって、それさえ押さえていれば、圧倒的多数のメジャーに属しているという安心感を持てました。昭和末期から平成前半の女の子たち人気で言えば、光GENJI、安室奈美恵、浜崎あゆみなど。筆者が属する団塊ジュニア世代の男性で言えば、『キン肉マン』『ドラゴンボール』 『SLAM DUNK』といったところか。」

『映画を早送りで観る人たち 第3章 失敗したくない人たち -個性の呪縛と「タイパ」至上主義 より引用』

私は1996年生まれですが、同じく男子といえば週刊少年ジャンプは必修科目でしょ!というような文化で育ったので、ここにはすごく納得です。

しかしながら現代では多様化とグローバル化の潮流の中で、その"普通"が失われてしまったといいます。

無個性だとどこにも属せず、とても不安を感じる。その不安に駆られて、 無理をしてでも「趣味を持たなきゃ」とか「好きなことを見つけて打ち込まなきゃ」と焦るのが現代の若者の特徴であると指摘されています。

その背景には、名前や顔が売れている同世代のインフルエンサーたちによるキラキラした個性的なふるまいが、嫌でも目に入ってくるSNSの存在があります。

本来、自然に見つかるのを待てば良いはずの趣味や好きなことも、SNSの圧力を持ってすれば、彼らに悠長に待つことを許さないというのが現実みたいです、、

原因3:セリフで全部説明してくれる作品が増えた

みっつ目が(個人的に一番はっとしたのですが)セリフで全部説明する作品が増えたから、セリフがあるシーン以外は飛ばしても問題ないというものです。

映画やドラマでは、セリフはないものの、登場人物の表情や間から、その心情を察することのできる部分があると思います。そしてその場面に対する個人個人の解釈の自由が、映像作品の醍醐味にもなっています。

ただ、セリフで全部説明してほしいタイプの現代の観客は、解釈の自由を満喫しようとはせず、むしろ誤って解釈することを嫌うといいます。その自由度を奥の深さではなく不親切だと怒り、不快感をあらわにするとのこと、、

本文に印象的な対話が紹介されていたので引用したいと思います、

「最近の演劇の観客はずいぶん変わってきた」と言うので、 武田(ライター)がどう変わったのかを聞いたところ、鴻上(劇作家)は困ったようにこうつぶやいた。
「芝居が終わってから、結局は誰が悪者なのですか、って真顔で聞くんだよ」

『映画を早送りで観る人たち 第2章 セリフで全部説明してほしい人たち -みんなに優しいオープンワールド より引用』

上記は演劇での例ですが、昨今の考察動画やネタバレサイトの人気を考えると、映画やドラマでも似たような、解釈の自由を嫌い、「分かりやすい正解」を求める動きが躍進していると考えられます。

早送りの背景・快適主義

ここまで、映画を早送りで観る人の3つの原因を見てきました。

ここからは、それらの背景にある現代人の思想とでもいうべき「快適主義」について見ていきたいと思います。

快適主義を簡単にいってしまうと

  • 一瞬でもどん底状態を見たくない
  • 不快なものは一行も読みたくない
  • ハッピーエンドじゃないと嫌だ

というような考え方です。

快適主義の実態

具体的な例を出すと、スポーツ観戦をする若者の減少が挙げられます。原因は色々あると思いますが、推しチームが負けるのは一回も見たくないという心理が一役買っていることが本書では指摘されていました。

つまり、エンタメに求めるものは、作品を楽しむといった「心の豊かさ」ではなく、自分にとって快適なものだけを見る「ストレスの解消」 に変化しているということになります。

この事と早送りがどう関係するかというと、今までは作品単位で『好き・嫌い』がジャッジされていたところ、現在では作品内のシーン単位、感情単位で『好き・嫌い』が発生し、『嫌い』部分が飛ばされている(早送りされている)といいます。

快適主義って悪いこと?

この快適主義が良いか悪いかについては、本書ではあまり触れられていませんが、下記のような懸念が記されています。

(快適主義が広まった)結果、自分の考えを補強している物語や言説だけを求め、ただただそれを強化することになる。その先にあるのは、他者視点の圧倒的な欠如。他者に対する想像力の喪失。彼らは「自分とは違う感じ方をする人間がこの世にいる」という極めて当たり前の事実をなぜか忘れてしまう。もしくはそういう人間を安直に敵扱いする。

映画を早送りで観る人たち 第4章 好きなものを貶されたくない人たち -「快適主義」という怪物 より引用』

このことは以下のような行動に現れているとのこと、、

  • 監督攻め(同じ監督の作品を全部見る)や著者攻めといった体系的な鑑賞を行わない。
  • 評論家のような権威的な存在から、あるいは自信満々な評論家から上から目線で正しい観方なんて教わりたくない。 自分が楽しいかどうかが大事であって、他人がどう感じるかには興味がない。

Z世代の特徴として「多様性を認め、個性を尊重し合う」が取り上げられることは多いですが、実際は「異なる価値観が視界に入らない場合に限る」という状況で多様性とは程遠いのが現実と言えそうです、、

感想

とにかく面白かったし、時代の変化に合わせて倍速視聴が起こるべくして起こっているんだなと納得です!

自分は映画の倍速視聴はしたことなかったので「え!それでいいのか?」と思うことも多々ありました、、

楽しみ方は個人の自由か、、と思う反面、著者が最後に述べていたように、良し悪しだけでは語りきれない、何かしらの違和感が残るのも「うんうん」と思いながら読んでました。

映画を早送りすることに代表される消費者の変化が、私たちの人生にどのような影響を及ぼすのかについては、自分と異なる価値観を持つ人を許容できなくなって、格差社会が深刻化し、社会問題が増加する、ストレスが増加する傾向にあるのかなぁなどと思います。

今回紹介しきれていない面白い内容盛りだくさんなので、ぜひ多くの人に読んでほしい一冊です!

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