「具体⇄抽象」トレーニング

おすすめ本

はじめに

 今回紹介する本は、ビジネスコンサルタントの細谷功さんの書かれた「『具体⇄抽象』トレーニング」です。細谷さんといえば2014年に出版された「具体と抽象」で有名かと思います。本著は、この「具体と抽象」をより掘り下げた内容となっており、単体でも学びが多いですが、合わせてお読みいただいても理解が深まると思います。

 

 本著では、現代のSNSやネット記事といった断片的な情報の急増が、人々から"考えること"を遠ざけ、言われたことをやるだけの状態にしてしまうことに警鐘を鳴らした上で、
・具体と抽象を往復すること、つまり抽象化と具体化によって発想を豊かにする
日ごろ私たちの身の回りで起こっているコミュニケーションギャップを解消する
以上の二つを目的としています。私はビジネス書をよく読むのですが、本著で「具体」として取り上げられているような、具体的な行動プランが書かれている本の方が、読んでいて楽なので、無意識に好んでしまっていたように思います。自分としてはそれでも学びを得た気になっていたのですが、全然頭を使うことができていなかったのだなと、違う景色を見せられた気持ちになりました。今回紹介されているトレーニングを通じて、事実をただ学ぶのではなく、自分の中で他のことに当てはめたり、新しい法則を見出すような思考法が身につけば、1+1が3にも4にもなるような、より深みのある学びを得られると思います。

内容

第1章 なぜ具体と抽象が重要なのか?

「横軸」が知識や情報の量的な拡大で、幅が広くなればなるほど知識や情報の量が増加している。
「縦軸」が本書のメインテーマである具体と抽象の軸で、下から上に抽象度が上がってる。

 上の図が本著で非常に重要になってくる、「人間の知的能力と知の発展モデル」及びその中での具体と抽象の関係性です。具体と抽象の簡単な例をあげると、

具体:「○○さん、本は本棚に返して、お皿は食器棚に戻して、椅子と机は倉庫に返して、、、」
抽象:「この部屋のもの片付けて」

といった感じになります。現在は「横軸」が重要視される価値観が支配的で、「縦軸」のような”考えること”が注目されていない傾向があります。さらに「縦軸」の上下までできる人とそうでない人との差は、SNSのような断片的な情報の普及で二極化していくと言われています。

どうしてでしょうか?

◆ ネット+AI時代には、個人が入手可能な情報量は飛躍的に増大。
◆ どこまでが人の記憶している知識で、どこからがAIが提示してくる知識かの境界は曖昧に。
  →上の図の正三角形の底辺が長く、高さが小さくなった二等辺三角形の状態
◆ ネットやSNSでは、書籍や論文のような構造が明確で広範囲に編集された抽象度の高い情報よりも断片的な情報が増えていくことから、情報における関係性や構造が失われ(あるいは日々考えなくて済むようになり)、縦方向の思考はますます浅いものになっていく可能性。

抽象だけが重要なのか?

 ここまで抽象化力が不十分であり、その傾向二極化して聞くことを述べましたが、抽象化がうまくできていればそれだけで良いのでしょうか?筆者は 次のような問題点を指摘しています。

成熟したいまの世の中に「抽象病」と「具体病」が蔓延し社会の活力をそいでいる

「抽象病」
・いかにも賢そうな(でも世の中を1ミリも動かすことがない)「べき論」を語るのが大好き
・他人の行動、とりわけ失敗に対して一般的な理想論で批判したり「アドバイス」したりするだけで、実施につながる代替案を提示したり実際にアクションしたりすることはない
・「ベストを尽くします」「徹底的強化を目指します」「適材適所でしっかりと対応します」など目標や施策が全て抽象的な表現で、一切行動につながらない

「具体病」
・全て「具体的事例」がないと理解も実行もできない(新しい技術の導入などの場面において)
・言われたことをそのまま実行することしかできず、一切の応用が利かない
・一度ルールや線引きが行われるとそれを絶対的なものと信じて疑わず環境の変化に適応できない

 これらは皆さんも思い当たる節があるのではないのでしょうか。詰まるところ、抽象だけを考えていても、具体だけを考えていても不十分であり、両者を行き来する「具体⇄抽象」の思考が重要ということになります。

▼ 具体と抽象を理解できないとどうなる?

第2章 抽象化・具体化とは?

抽象化

 抽象化の基本は「分類をすること・線引きをすること」です。何らかのルールや規則を作るとき、例えば補助金制度を策定する場合には「年収○○円以上・未満」という線引きが必要になります。ここで問題になるのは、

2000万円の貯金がある、年収500万円の人」

2000万円の借金がある、年収500万円の人」

これらを同等に扱わなければルールの運用は出来ないということです。 具体レベルの特殊性(個人的な状況)をみている人からは理不尽に感じることがあると思いますが、これが抽象化の限界であると著者は述べています。(抽象化の歪み)

「ざっくりと分けてしまうことで、複数の事象をまとめて扱ってしまう代わりに、個別事象の特殊性を一切無視する」というのが抽象の世界

「具体⇄抽象」ができる人は、歪みが増えたら再び具体的事象を観察して、抽象化し直すという発想になりますが、具体派の人は一度引いた線は絶対的であると思ってしまい、コミュニケーションギャップが生じます。

具体化

 抽象化が線を引くことだとすれば、具体化はその引かれた線の中で考えるということになります。言い換えると、物事の相違点を明確にするということです。

数字や固有名詞を用いることで「いかようにも解釈できる」状態を回避させること

  都合の良いように話を切り取る

 具体:多くの情報量から一部を選択的に取り出す
 抽象:多くの属性の中から一部の属性を切り取る

  問題解決

 具体:前例に則る(外部環境が変化しない場合は有効)
 抽象:前例の目的や背景を抽象化し、新しい具体に落とし込む

第3章 「具体⇄抽象ピラミッド」で世界を眺める

 ここまで見てきた具体と抽象の考え方は、仕事や日常にどのように応用できるのでしょう。例を取り上げながら考えていきたいと思います。

① 複雑な情報システムをコンセプトから見直す場合

だからと言って、仕事でいきなり「自分1人で構想しよう!」なんてことはできないのが普通ですが、「下手にみんなの意見を聞いていても話がまとまらない」ということを念頭に置いておくべきなのかもしれません。

② SNS上で議論が起こっている場合

 凶悪な事件などが起こった際に、ネット上で以下のような議論が巻き起こっているのを見たことがある方は多いのではないでしょうか。

 上の図の右下に「具体⇄抽象ピラミッド」で示したように、このような不毛な言い争いでは、話し手の間で具体レベルと抽象レベルが噛み合っていないことが指摘されます。このようなコミュにケーションギャップを解消するためには、お互いが異なるスタンスで発言していることを認識する必要があります。しかしながら、本著の中でも指摘されているように、抽象側が具体側の視点を持つことは簡単(具体を切り捨てた上で発言している)ですが、具体側が抽象側の視点を持つことは難しいと言われています。なので抽象側が、「切り捨て部分の指摘」に対して下手に反応しないことが大切なのかなと思います。

③ 他人に正論を言ってしまう場合

 ②で取り上げたコミュニケーション・ギャップと似た例ですが、以下のように何かうまくいっていない他人に対して、もっともらしい正論を言ってしまうことはないでしょうか。言わないまでも、心の中で思ってしまうことは私はありました。

 この「自分と他人」のように、知れば知るほど具体に走ってしまい、例外事項と特殊性に目が向かうと言うのは具体と抽象の宿命であるため、私たちは意識的にそのバイアスとは逆の意識を持つことで、コミュニケーション・ギャップを緩和することができます。

第4章 言葉とアナロジーへの応用

 第3章ではコミュニケーションの観点から「具体⇄抽象」の活用方法を紹介しましたが、ここでは言葉とアナロジー(=類似のものから推し量ること)への応用についてトレーニングの例を紹介しながら考えたいと思います。

言葉:誤解が生じないように定義を明確にする

 言葉は人類が抽象化によって編み出した、最大最強のツールとして非常に重要な概念です。したがって第2章で述べたような、抽象化の強みと弱みをそのまま反映しています。ざっくり言うと、「都合のいいように切り取る」ことで多大な効果を生み出すと同時に、さまざまな誤解を生み出すということです。この誤解を生じさせないための方法として「具体例を列挙して考える」と「二つの言葉の違いを二項対立で考える」を紹介します。

ⅰ)具体例を列挙して考える

「考えるだけでなく行動しなければ意味がない」「計画ばかり立ててないで行動に移せ」

 昨今よく聞く、上記のような「行動」とは何を意味するのかについて考えたいと思います。具体例を列挙すると、、

① 家で本やネットを読んだり見たりしているだけ
② イベントを開催する
③ 匿名で他人のネットの発言の揚げ足をとる

 これらが上述した「行動」であるかというと以下のようになるかと思います。

①はNO、②はYES、③は(何もしていないわけではないが)NO

 これらをまとめると行動というのは「自ら能動的にリスクを取ることで他人に影響を与えること」という一つの定義が導かれます。このように複数の具体例をあげてみて、それが言葉の軸を満たしているかを考えることで、言葉の定義を明確にすることができます。

ⅱ)二つの言葉の違いを二項対立で考える

「理系」と「文系」の違いはなんでしょう?

 これに対する二項対立の考え方として以下のようなものが考えられます。

・高校で理系クラスにいたのが理系で、文系クラスにいたのが文系
・理屈っぽいのが理系で、理屈っぽくないのが文系
・論理的なのが理系で、非論理的なのが文系

 ここでは二項対立を用いることで、別の言葉の定義が絡み合ってきて誤解が広がることを避けるのがポイントとなります。(科学の本が好きなのが理系で、小説が好きなのが文系のように分けてしまうと科学の小説であるSFが好きな人はどっちなのかという議論が発生してしまいます。)このことでもまた、言葉の定義を明確にすることができます。

アナロジー:目に見えない類似点を探し新しいアイデアを得る

 アナロジーとは類推のことで、言い換えれば、似ているものから新しいアイデアを得ることです。ここでの「似ている」というのは具体的な類似点ではなく、抽象化された特徴レベルの類似点であるということがポイントです。これについては以下のようなトレーニングが紹介されています。

ⅰ)さまざまな共通点探しをする

「自動車の座席」と「年末に貰う来年のカレンダー」の共通点はなんでしょうか?

 まずカレンダーについて特徴を列挙していくと、、

・年末の恒例行事
・実際に使われることを想定しているが、多くはあいさつ代わりになってる
・大抵の場合、実際には使わず捨ててしまう

 以上を踏まえた上で自動車の座席を考えると「実際にはほとんど使われていない」という共通点が浮かび上がってきます。(自動車を実際に使っている時間は平均して1日の4%程度と言われているそうです)。ここから一歩踏み込むと「実際には使わないものが大量に生産・消費されている」という概念を持つことができます。近年の環境問題の背景に、このような大量生産・大量消費社会があることを考えれば「実は使われていないもの」に着目することが社会問題の解決につながるかもしれません。

 このトレーニングのポイントは、特殊性が高い方から考えることです。日常生活で特徴がある事象を見つけたらその特徴を改めて考えてみて、他にないか?を考えてみることもオススメです。

第5章 具体と抽象の使用上の注意

 コミュニケーションギャップが生じるのはスキルがあるかどうかではなく、具体と抽象という考え方を持てるかどうかであると著者は指摘しています。つまり以下のようになります。

×:「具体化や抽象化ができるかどうか」

○:「具体と抽象という視点が持てるかどうか」

 また、抽象化は物事を都合の良いように切り取ることなので、「正しい」「間違っている」の議論の前に前提条件を確認することがコミュニュケーションギャップを回避する上で大切です。

読書と「具体と抽象」との関係

 最後に、読書について「具体と抽象」の考え方を当てはめたものが解説されており、個人的にとても面白かったので紹介します。

 読書の4つの楽しみ方


抽象抽象で活用する

 アカデミックな書籍を理論として活用し、理論をさらに展開する活用方法
哲学や数学の本などを知的好奇心を満たすために読む場合もここに含まれます

抽象具体で活用する

 抽象モデルを自分の世界に当てはめて具体化する活用方法
読者側で抽象→具体を行うことで100ページの本が10ページ分になったり1万ページ分になったりすることもあります

具体抽象で活用する

 小説を単に楽しむ場合や、そこから抽象度の高い人生の教訓を導き出して、それを具体化して自分の人生に当てはめる活用方法

具体具体で活用する

 そのまま今日から使えるようなハウツー本を使う活用方法

 こんな記事を書いているくらいなので、私自身本をよく読むのですが、④のパターンの読書ばかりをしていたなと感じました。小説も読んだりするのですが、③のように抽象化して自分の人生に投影したりなどとはあまり意識しておらず、そういう楽しみ方ができたら学びも感動も増すだろうなと思い今日から取り入れようと思いました。

おわりに

 私は「具体と抽象」を本屋でパラ読みしてから、漠然と日々の出来事の抽象化について考えていましたが(日記を書いているときなど)、本著「具体⇄抽象トレーニング」を読んで、これはもっと意識的に取り組まないと身につかないなと感じました。本著の中でトレーニングとして紹介されているような、共通点を見つけることは初めのうちは容易ではないと思っています。
 特に印象的だったのは、スマホ文化で断片的な情報が膨大に流れ込んでくると、考えなくなるということでした。実際、本やYoutubeも具体的なアクションの例を挙げられている方がわかりやすく、思考停止でいられるので、それが書いていない本は「内容が薄い気がする」などと感じていましたが、そうではないのだなと痛感しました。理論チックな本を読んで、具体に落とし込むのを楽しめるように、そして小説を読んで、抽象化して、自分の中で具体化するのを楽しめるように。そんな読書をしたいと思います。

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